人を「幸せ」にする介護職こそ、「幸せ」に
今、健康経営のさらに先を目指す概念として、「ウェルビーイング(well-being)経営」が世界中で注目を集めています。
「ウェルビーイング(well-being)」とは”心身ともに健康で、社会的にも満たされた状態”のことで、ビジネスに取り入れることによって生産性の向上や定着率改善に効果があると多くの研究で明らかになっています。
今回は介護業界に先駆けて「ウェルビーイング経営」を取り入れた株式会社アライブメディケアの思いや現場での反応、その成果などを営業推進本部長の野上さん、アライブ世田谷代田ホーム長の佐川さん、介護主任の福永さんに、介護福祉士でモデルの上条百合奈さんがインタビューしました。
社員の「幸福度」が評価に?
-上条
これまでの歩みと企業理念、そしてサービスの特徴を教えてください。
-野上
元々は荒井商店という不動産会社でしたが、創業者の荒井喜八郎が「お金儲けだけではなく、社会に貢献したい」ということで、株式会社荒井商店の子会社としてアライブを設立いたしました。その後、介護保険制度が始まって2002年にセコムグループの一員となりました。
弊社のビジョン・ミッション・バリュー(以下、VMV)は、ビジョンが「認知症を熟知し、想いをカタチにし、日本の介護を牽引し続ける。」。ミッションは「情愛と意志で、ご本人とご家族の『真の望み』を叶える。」でして、これは一つ一つのケアを流れ作業にせずに、ご本人の本当の望みは何かということを想像しながらケアに入ってほしいという思いを込めています。
最後にバリューですが、「『人を大切にする気持ち』をベースに、お一人おひとりと向き合い続ける。」ということを掲げています。
目の前のお客様個人に対してケアをしていくという自覚をみんなで持ち、一人ひとりに違ったケア、一人ひとりの真の望みを叶えるという気持ちでケアを行っています。
-上条
深まっていくといろいろと広がりそうですね。
-野上
例えば、認知症でご自身で訴えができない方に対して、最初はこちらの想像やご家族の望みでケアの計画を作るので、どうしても押し付けになってしまうんですが、ホームに来ていただいてから、ご本人の生活を実際に支援をしていく中で「ご本人の真の望みは何か」と想像したり推し量りながらケアの計画を変えていくことが必要だと考えています。
決めたらずっとそのまま作業にするのではなくて「これは押し付けなんじゃないか」「本当のその方の望みはほかにもあるのではないか」という視点を持ち続けながらケアするということも重要だと思っています。
-上条
今回、そういう想いが根本にあって、それをベースに「ウェルビーイング経営」を導入されたんですね。
-野上
元々想いはあったんですが、すごく抽象的だったんです。
実は先ほどお伝えしたVMVも最近(2021年)作りました。ウェルビーイングの研修や評価制度、幸福度診断もここ3年で導入してきました。その前からずっと会社の文化として、優しさや愛情などは培ってきているんですけれど、それが言語化されていなかったんですね。それで社長の安田が「(介護する側も)幸福になった方がいいんじゃないか」と言いまして、やっぱり我々の温かさや抽象的な愛情などを、スタッフやご家族にもわかりやすく、さらに外にも発信できるものにしたいと思い、言語化をしました。
-上条
言語化できた先に、きっと自分たちの願いが叶うんじゃないかと考えられたんですね。
-野上
言語化されたことで(温かさや愛情を)自覚し、醸成されて育っていくと思っています。
-上条
そこから具体的にどういう流れでウェルビーイングを取り入れたのでしょうか。
-野上
まず幸福学の権威であり、ウェルビーイングの第一人者でもある慶応義塾大学の前野隆司先生の講習に私自身が通い、「前野先生の考え方や診断を会社の理念浸透に使っていいですか」と許可をいただきました。その後、まずは我々の幸福度と立ち位置を知ろうということで、前野先生が開発に携わられた幸福度診断を導入してスタッフ一人ひとりに焦点を当てていきました。その結果を受けて研修や啓蒙を繰り返し行っています。
次に評価制度ですね。当社には三つの評価軸があるんですが、その一つにウェルビーイングの考え方を入れようということで、社員の幸福度を評価の一軸に置きました。
-上条
社員の「幸福度」を評価に?
-野上
前野先生が唱えられている「幸せの4因子」を評価軸に取り入れました。それがこの資料です。(※資料)
-上条
やってみよう因子、ありがとう因子、なんとかなる因子、ありのままに因子。
-野上
この「幸せの4因子」を自分自身にしっかりと焦点を当てて、自分が幸せであれば評価も高いですよという立て付けになっています。
-上条
幸せは人から人にうつると言いますよね。
-野上
アメリカのある大学の研究結果では、一人の幸せはその先3人ぐらいの友人にまでうつっていくと言われています。
-上条
だからこそ「人を幸せにしたいのであれば、自分自身の幸福度を上げていこうよ」ということですよね。
-野上
やはりスタッフの方には幸せ感を持ってケアをしてほしいですし、プライベートも幸せになってほしいと思っています。10年以上この業界にいますが、確証データはないものの、幸せそうじゃない方が多いのではないかという感覚があります。
その原因は様々あるとは思うんですが、まずは我々自身が変えられることはないかなということで、成果の中にもマインドを入れていこうと考えました。
-上条
それは大きいですね。
やはりご利用者の幸せには目を向けるけれど、スタッフの幸せは後回しになりがちな業界ですよね。そこに一貫性を持つということが真の福祉、介護に繋がるんじゃないかということですね。
評価制度にウェルビーイング、幸福度を取り入れたことによって効果や成果はありましたか。
-野上
少しずつ効果は表れてきました。個人個人が幸せになるというマインドにスタッフが変わってきまして、笑顔も増えましたし、特にケアの具体事例の量が変わってきました。お看取りであったり、お客様のご旅行であったり。
お客様個人個人に焦点を合わせた、幸福だからこそできるような事例が増えてきたと思います。
-上条
すごいですね。それが評価されて、ちゃんとケアに繋がっているということが実感されていく。
-野上
実感していくと思っています。
実はこれからの課題もあって。それはミドル層がまだ盛り上がってないんですね。役職ですと、副ホーム長、主任、介護リーダー。そして各ホームの中心メンバーであるスタッフたちです。その方たちが診断としてまだ幸福でないという数値も出ています。そのスタッフの皆さんが一番現場を支えてる層でもあるんですよね。身体を張って毎日のケアを支えてくれている層でもあるので、会社としては一番大事にしたい方たちなんです。
これからは従業員が自分の描くキャリアを主体的に選択する「キャリアオーナーシップ」が主流に
-上条
実際にウェルビーイングを導入されて現場で反発はなかったですか?
-野上
ありました。
「私は幸せじゃなくていいのよ」とか「なんで?仕事と関係ないわ」というような声もあります。ですので、まずは診断結果の数値を示し、それをしっかりとフィードバックしていくことと、幸せとサービスの質は関係があるんだという文化を根気と丁寧さをもって、根付かせていかなければいけないと思っています。
-上条
これは聞いちゃいけないのかなと思ったんですが、やはり離職される方もいらっしゃいましたか。
-野上
これはですね...ありました。
あるホームでは離職率が上がりました。ただ調べてみると、そのホームは幸福度診断で数値が低かったんです。一方で、別のあるホームでは離職率がものすごく減っていたんです。要するに幸福度診断で数値が高いホームは、離職率も低い数値を保っていました。
会社と考えがマッチして幸せにケアをしてる方もいれば、アライブの方針は合わないなと思って辞められた方も実際にいらっしゃいます。当然、会社もその方もお互いに決して悪いわけではなくて、他社で働いてもらった方がその方に合う、その方にとっての幸せになっていると思います。
それは会社自身がカルチャーに対して、覚悟をもって割り切ってマッチングさせに行っているということなんです。それをこの3年でだいぶやり切ってきました。
-上条
それぞれの会社が自分たちのカラーの旗を掲げることで、それに合った人が来るということなんですね。働く側が自分に合った会社選択をできるようになる。
これまでの老人ホームや介護施設は全部一緒くたで、どこに行っても同じみたいな。それは働く側も入居者側も同じ感覚が正直ありました。それが今はそれぞれの施設にカラーがあって、それを選べる時代になった。むしろその選ぶということも自己責任であるという時代なんですね。
責任を持って選んでいく、人生を選択していくというフェーズに入りつつあるということですよね。
最後にお伺いしたいんですが、ウェルビーイングを導入したからこそ見えてきた課題や今後の目標はありますか?
-野上
会社としての考え方が決まったので、それをどれだけ推進できるのかということですね。
各社さんもウェルビーイングに取り組まれている中で、推進するチームが一番幸せなんです。つまり一生懸命やろうと言ってる方が一番幸せになっているので、それを広げていって啓蒙をする側がどれだけ増やせるかというのが私の課題になっています。
全員がウェルビーイングを推進してくれる人になっていく、そういうことにチャレンジしていきたいですね。
-上条
いいですね、ありがとうございます。
私が思ったのは、例えばここ(アライブ世田谷代田)のウェルビーイング、幸福度が上がっていって「世田谷区の中で一番数値が高いのが、実はここの老人ホームなんだ」となることで、「あそこに絡んでいくと幸せになるぞ」という流れになると面白いなと思いました。そして、文化もここから地域に発信していく、そうなっていきそうだなと聞いていて思いました。
介護職が「幸せ」だからこそ、利用者の「幸せ」を実現できる
-上条
ここからはアライブ世田谷代田のホーム長、佐川さんと介護主任の福永さんにお話を伺いたいと思います。
まず始めに「ウェルビーイング」という言葉を最初に聞いたのはいつですか。
-福永
4年くらい前に研修で幸福学を学ばせていただく機会があって、そこで聞いたのが最初です。その時に幸せの4因子、「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」というのがすごくいいなと思ったのが初めの印象です。
-上条
すごいですね。それがすぐに体に入ってくるっていうのは。
-福永
割とスッと入りました。
元々は「明るく楽しく元気よく。毎日自分とその周りの人たちがハッピーでいればいいな」と思ってたんですが、ハッピーって一瞬の出来事なので、「ちょっと違うな」と思っていた頃だったんです。そんな時にウェルビーイングを知って「すごくしっくりくるな」と思いました。その人の良い状態というのがすごくいいなと思って。
だからスタッフもお客様もご家族も、ウェルビーイングな状態を保てるのが一番みんなが幸せだなと思うので、今はそれを目指したいなと思っています。
-上条
やはり現場で「やってみよう」とか「感謝の気持ちを持つ」とか、幸せの4因子を体現できる場所があることもウェルビーイングを実感するには大きいのかなと思いますよね。介護職という仕事自体がウェルビーイングを感じやすいし、実践しやすい業種なんだと思いますね。
現場ではウェルビーイングに対するアレルギー反応や反発はありませんでしたか?
-福永
ありました。
仲がいいとか悪いとかではなくて、変化についていけないというスタッフはいました。
難しいですよね。アレルギー反応とまではいかないですけど、しっかり同じ方向を向けていると思えるスタッフもいれば、まだちょっと違うのかなというスタッフもいるので、そこは今後の課題ですよね。
-佐川
実は、ついていけないって言う方や変化を拒否してる方々もまだ残っています。「会社はこう考えてます。その基準に達していないから、どうか直してください」と立場として話をしなきゃいけない。これは本当にしんどくてですね。本当は話したくないんですよね。でもそこと向き合わなきゃいけないと思っています。
-上条
そのようなちゃんと苦労されているお話を聞くと、すごく泥にまみれながら人と向き合われてますね。
-佐川
その中でウェルビーイングの推進をしたからこそ見えてきた部分があって、「私は十何年やってますから」「資格を持ってますから」と言ってなかなか変化を受け入れられないスタッフもいて、そういう方々と今でも話し合いがあります。
-福永
実は会社が言っている「ウェルビーイング」の本当の意味は、スタッフのみんなが目指していることと大体同じはずだと思います。でもまだ説明が足りなかったり、真剣に膝を付き合わせて話をする機会が足りなかったりして、話し合いをしきれていないのかなとも思います。
-佐川
本当に(福永は)会社の方向性をちゃんと理解して自分なりにかみ砕いてくれていますが、そこで先導できていないから浸透していないという気持ちが私の中にあります。ですので私自身、さらに内容を熟知して、自分の言葉でみんなに伝えていくことが必要だと思っています。
望みを叶えるために大事なことは、やっぱり「毎日のケア」
-上条
幸せの4因子の一つ「やってみよう」を具体的に実践した事例はありますか?
-福永
お墓参りに行きたい103歳の方がいらっしゃって、トラベルドクターの方と一緒に富士霊園に旅行に行ったことがありました。
-上条
103歳で!
-福永
その方は80歳の時に車で事故を起こしてから、自分では行けなくなってしまった方で、23年ぶりに「最後にもう一度富士霊園に行きたい」とおっしゃっていたんです。
でも当時は体重がどんどん減り、お食事の量も少なくなっている、お看取りになるかもしれないという状態でした。そこから薬局の方々の協力もいただきながら減薬をして、食事の意欲が戻っていくことで元気になり、お墓参りが実現できました。
その旅行にはサプライズでご家族と親族もみんな集まっていただいたので、「ひ孫だよ」とか「今度の秋結婚するよ」という場面もあって。
-上条
望みも叶って、家族にも会えて。すごくいいお話ですね。
-福永
旅行に実際に付き添ったのは居室担当のスタッフなんですが、そのスタッフがゼロから計画、実施までやることでお客様を背景から知る機会になったと思います。
やはりコロナの時期は、ご家族様に会う機会がものすごく減ってしまって、お気持ちを聞くことも少なくなってしまいました。
そうすると「若い頃、母はこんなだったんですよ」とか、そういう背景を聞く機会も減ってしまって、そのお客様を「その場にいるその人」としか見なくなりがちになってしまうんです。
なので、その方の生きてきた背景とかご家族同士の関係とか、そういうことを知るきっかけにもなりました。だから本当にいい機会だったと思います。ご家族にとっても、そのスタッフにとっても。
-上条
それを実現するには日々のケアがとても大事になってきますよね。
-福永
やっぱり基本的な土台がないと望みを叶えることも難しくなってしまうので、日々のケアでお体の状態を整えるということは現場で取り組んでいます。
-上条
お客様がやりたいということができた時に、それをどうやってチームとして仕事にしていくのか、どうスケジュールに落とし込んでいくのかすごく気になります。
-福永
やはりケアスタッフだけでは難しいので、ケアマネジャーや看護師や多職種でミーティングをして、「こういう目標があるけれども、今はこういう状態だから食事量を増やす必要があるよね」とか「この薬の服用がなくなれば日中の覚醒が良くなるかもしれないから、薬をなくすためには、日中の活動量を上げなきゃいけないよね」「でも活動量を増やせてないから、早番が屋上まで一緒に歩くようなリハビリをすることにしよう」みたいな感じでチームで決めてみんなで取り組んでいますね。
-上条
もう少しここが変わったらウェルビーイングが増すんじゃないか、志気が高まるんじゃないかというところはありますか?
-福永
やっぱりスタッフとしては「やりがい」を感じたときに幸福を感じるんじゃないかなと思うんです。例えばお客様が喜んでくれたとか、一瞬だけでも笑ってくれたとか、日頃喋らない方が喋ったとか。
コロナ禍の時期は、感染拡大予防のため、休憩も1人ずつ、(食事も)1人で食べなきゃいけないので、そういう日常の出来事を(スタッフ間で)気軽に話す機会が減ってしまったんです。記録に書くほどのことではないんですけど、でも「全員に言いたい」みたいな。
-上条
記録に書かないぐらい小さいことを「記録に書かないからこそ共有したい」みたいな。
-福永
そういうことを話せるような取り組みもあったらいいなと思います。
-上条
いいヒントですね。どうやってスタッフ同士の小さなコミュニケーションを生んでいくのか。きっとどの法人さんも悩んでいそうですよね。
では最後に、今後ウェルビーイングを体現をしていくうえで目指したいことはありますか?
-福永
どうやってチームのみんなが納得して、共感して広げていくか。「私も同じ方向に行きたい」と思ってもらって実践できるかですね。
アライブには各ホームに素晴らしいリーダーがいらっしゃって、私は話をする機会が多いんですけど、やっぱり各ホーム大変なことはあるけれど、話をするたびに「やっぱりやっていることは間違ってないし、目指している方向は一緒だ」というのを確認し合えるとやる気は保てますし、私もそれを目指したいなって思いますね。
-上条
無理せずにナチュラルにやってる感じで、とてもいいですね。
Profile上条百里奈氏介護福祉士・モデル介護福祉士として現場に従事しながら、白梅学園大学で嘱託研究員を務める。また介護現場の労働環境、労働生産性について研究。介護の現場で直面した過重労働などに課題意識を持ち、発信力を求め22歳からモデルとしても活動。東京コレクション等のランウェイ、CM広告等に出演。情報番組のコメンテーターやテレビドラマの介護監修なども手掛ける。厚生労働省“介護のしごと魅力発信事業”パーソナリティー。日本介護福祉学会評議員。


